アントワープ聖母大聖堂の正面には、ネロとパトラッシュが寄り添って眠るモニュメントがあります。ベルギー人アーティストによって制作されたこの像は、日本人観光客を意識して設置されたともいわれています。
大聖堂には日本語のパンフレットが用意され、周囲のお店にはふたりをモチーフにした土産物も並んでいました。思った以上に、多くの日本人がこの地を訪れているようです。
実は私自身、2年前からベルギーに暮らしていながら、「フランダースの犬」といえばアニメ版のラスト──ネロとパトラッシュが天に召されるあの名シーンしか知りませんでした。物語の背景や原作には、これまで触れたことがなかったのです。
そんな折、レイバーデーの連休にアントワープを訪れることになり、それを機に原作を読んでみることにしました。この小さな旅は、やがて「ルーベンス詣」とでも呼びたくなるような、芸術と物語の巡礼となっていきました。
◆ 外国人作家が描いた、フランダース地方の物語
原作のタイトルも『A Dog of Flanders』── まさに「犬が主役」の物語です。作者はフランス系イギリス人の女性で、動物愛護活動の草分け的存在でした。旅で訪れたフランダース地方(現在のベルギー北部・フラマン地域)で、犬が馬のように酷使される現実を目の当たりにし、この物語の着想を得たといわれています。
外国人の先進的な視点で描かれたこの物語には、地元の人々からすれば違和感を覚える表現もあるかもしれませんが、私はそこに込められた作者なりの問題意識や普遍的なテーマに焦点を当てて読み解いてみました。
◆ ネロの物語に映る、社会構造と人間の心理
この物語には、さまざまな視点から読み解ける余地があると感じました。
まず、一般的な価値観で見ると、
「才能があっても、夢を見ているだけでは生きていけない。生まれ持った境遇を受け入れて、与えられた仕事をこなす中に道が開ける」
そんな、ある種のサレンダー(受容)思想が浮かび上がります。
一方で、もう少し深く掘り下げると別の構図も見えてきます。
当初ネロは、誠実な少年として人々からの施しを受けていましたが、その絵の才能に気づかれた瞬間、支配者の態度は一変し、そこから陰湿な排除が始まります。慈善が成立していたのは、ネロが“取り柄のない貧者”であった間だけだったのです。
やがてネロは放火犯の濡れ衣を着せられます。村人たちは真偽を疑いながらも、支配者の顔色をうかがい、面倒ごとを避けるようにネロを村八分にしました。当然ネロ自身には、なぜ自分が疎まれるのか、その理由すら分かりません ── そこには今の時代にも通じる人間の弱さや集団心理が露呈しているように思えます。
そしてキリスト教思想に基づいて解釈するならば、本来咎められるべきはネロの夢ではなく、嫉妬や傲慢、思考放棄のほうではないでしょうか。ネロはある種の“贖罪者”として、純粋な魂をもって天に召された存在として描かれているようにも感じました。
◆ パトラッシュという賢者
この物語は、ネロだけでなく、パトラッシュの目線で見ることで、また違った感動が生まれます。
かつて過酷な労働の末に捨てられたパトラッシュは、ネロと祖父ジェハンに救われ、やがて家族となりました。恩に報いようとするその姿勢は、単なる忠誠心を超えた「無償の愛」の象徴のようにも感じられます。
原作ではすべてを失ったネロが、死を迎えるために大聖堂へと向かう姿が描かれています。偶然にも扉が開かれていたその夜、彼は念願だったルーベンスの祭壇画を目にすることができ、「もう思い残すことはない」とつぶやいたといいます。翌朝、彼とパトラッシュは身を寄せ合うようにして静かに息を引き取っていました。
きっとパトラッシュは、死を選んだネロのそばを最後まで離れず、ともに天へ昇ることを望んだのでしょう。その姿は、まるで人間の愚かさをも静かに抱きとめる、深い慈しみの心を宿した賢者のようでした。
◆ ルーベンスと出会う街を歩いて
開かれた美意識にふれる庭園へ ── ルーベンスハウスでのひととき
旅の中で、私はルーベンスの家(Rubenshuis)の中庭にも足を運びました。アントワープ出身のファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンが監修したその空間は、色彩豊かで洗練された雰囲気に包まれていました。植物の配置には、季節ごとに花の景色を楽しめるよう工夫が施されているそうです。自邸でも長年庭づくりを楽しんできたという彼の審美眼が、ここにもさりげなく息づいているのでしょう。
そういえば、ブリュッセルで暮らしていて感じるのは、花の種類の豊富さとその手頃さです。欧州一の花市場を擁するオランダ・アールスメールが近いことが背景にあるのかもしれません。アントワープはオランダ語圏に属しており、花を暮らしの中に取り入れる習慣がより強く根付いている印象を受けます。
彼の手がける洋服には、植物をモチーフにした柄が多く用いられ、自然界に宿る陰影や季節の深まりを思わせる色合いが印象的です。そうした色彩感覚には、彼が育った風土や文化の記憶が、深く反映されているように感じられます。
※17世紀にルーベンス自身が設計・改装し、住居兼アトリエとして暮らしていたこの邸宅は、現在では美術館として公開されています。住居内はリノベーションのため閉館中で、再開は2030年の予定とされていますが、庭園部分と「ルーベンス・エクスペリエンス(予約制)」のみ、公開が継続されています。
色と光に満ちた癒しの時間
街中に立つルーベンスの銅像にもそっと挨拶をし、大聖堂では祭壇画を一枚ずつ、ゆっくりと鑑賞しました。モチーフの多様さ、形の繊細さ、そして豊かな色彩が印象的なステンドグラスも、まさに見応えがあるものでした。
それらの多くは、当時の裕福な商人たちの寄進によって制作されました。信仰と芸術に注がれた情熱の結晶といえるでしょう。
「十字架降架」が映した、祈りと希望
中でも、ネロがどうしても見たかったあの絵 ──《十字架降架》は、私にとっても最も美しく、心を打たれる作品でした。
カラバッジョを思わせるような、明暗のドラマチックなコントラスト。張り詰めた筋肉、静謐な表情、計算し尽くされた構図。
そして何より、下から見上げたとき、キリストの身体が本当に崩れ落ちてくるように見えたのです。キャンバスの世界が、現実にせり出してくるような臨場感。けれど、不思議と胸がざわつくような感覚はありませんでした。
それが「終わりの絵」ではなく、静かな希望と魂の救いを感じさせる「祈りの絵」として、私の内側にすっと入り込んできたからかもしれません。
キリスト教的に見れば、この場面は“死”の瞬間であると同時に、神が人間の罪を引き受け、救いへと導こうとする希望の象徴でもあります。ネロにとってもそれは、悲しみを超えてすべてをゆだねる、最後の祈りと望みを託す絵だったのでしょう。
対になって飾られている《十字架昇架》は、一転して力強さや苦悶を強調しています。両者を行き来しながら鑑賞すると、その対照がいっそう際立ち、印象の違いがくっきりと浮かび上がってくるようでした。
ルーベンス『十字架降架』(The Descent from the Cross)
◆ 芸術と祈りをめぐる巡礼の終わりに
今回の旅は、単なる観光ではなく、物語と芸術を通して「人間とは何か」「希望とは何か」を静かに問い直す時間となりました。ネロとパトラッシュの足跡をたどりながら、アントワープの歴史とルーベンスの芸術が放つ普遍的な力に触れる──そんな巡礼のような旅だったのです。
旅の締めくくりは、スヘルデ川沿いのレストラン「RAS」にて。春を告げるホワイトアスパラガスのヴルーテと、名物の舌平目のムニエルをいただきました。私たちの席からは、定期運行の水上バスや、縁の低い小さな貨物船が、穏やかな水面を静かに行き交う様子を眺めることができました。
ふと対岸に目をやると、風車が並ぶあいだから気球がふわりと空へ舞い上がっていきました。夕暮れの光に包まれながらのディナーは、慌ただしい日常にふと差し込む余白のような、穏やかなひとときとなりました。
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